福井大学医学部

分子生理学(生理学1)

研究内容紹介

イオンチャネルタンパク質は神経系のみならず、あらゆる細胞において情報伝達を担う分子です。チャネルタンパク質の異常によって起こる疾患(チャネル病)は神経疾患・不整脈・糖尿病など多岐に渡っています。本研究室ではイオンチャネルの構造・機能相関を主要テーマとしています。チャネルタンパク質(または、人為的にタンパク質の一部を壊したチャネル)をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させたり、人工脂質平面膜に組み入れたりすることによって、巨視的電流記録や単一チャネル電流記録などの電気生理学的実験を行います。これら電流データの中には、チャネルタンパク質のイオン選択性やイオンの通り道の開閉メカニズムに関するメッセージが隠されており、私たちはそれを正しく解読することを目指し、解析しています。最近では、新しく開発されたタンパク質1分子構造変化計測法をイオンチャネルに適用する研究を、研究室を挙げて進めています。チャネルタンパク質1分子の構造変化をリアルタイムで捉えることができれば、イオンチャネル構造・機能連関の研究を、飛躍的に進展させることが期待できるからです。また、タンパク質の会合・凝集過程の原理的解明にも力を注いでいます。生体内の多数のタンパク質は、時々に構造状態を変化させ異種・同種分子同士の離合集散を繰り返していますが、この現象は神経変性疾患とも深く関連しています。私たちは、アミロイド性のタンパク質凝集過程やトランスグルタミナーゼによるタンパク質集合体形成の分子論的解析によって、アルツハイマー病やプリオン病などの変性疾患の基礎的理解と人為的制御に繋げる試みも行っています。

主要研究テーマ

タンパク質1分子構造変化のリアルタイム追跡

細胞の表面には、細胞膜を貫通するイオンチャネル分子というタンパク質が存在します。このチャネル分子を貫く穴を通って、イオンは細胞の内外を通過することができます。生体には特定のイオンを通すチャネル分子が多種類存在し、チャネル分子は、さまざまな刺激を感じてイオンの流れをスイッチし、流したり遮断したりします。たとえば細胞外に特定の物質があると穴を開いてイオンを流し、これによって細胞内で情報を処理したり、隣の細胞に伝えたりできます。特に神経や心臓では、情報を速くかつ遠くまで伝えますが、これはチャネル分子の働きなしに実現できません。実際、心電図や脳波は、細胞膜上で働いているチャネル分子の活動を観察しているのです。たとえば心電図で不整脈が診断できるが、それはチャネル分子の働きの異常を診断していることになるのです。チャネル分子の一種であるカリウムチャネル分子は、カリウムイオンだけを選択的に通す分子で、これはバクテリアからヒトの細胞に至るまで広く存在します。すなわち、すべての細胞はカリウムイオンを細胞内外でやりとりする必要があるのです。進化の初期から数十億年にもわたって生物が使い続けてきたカリウムチャネル分子は、生物にとって最も基本的なタンパク質分子のひとつと言えるでしょう。「カリウムチャネル分子がどのような形を持った分子で、イオンを通す穴はどのような構造か、またその穴を開閉するのはどのような機構か?」―これが生命現象に関わる基本タンパク質を理解するための最も本質的な課題であり、長年多くの研究が積み重ねられてきました。私たちは、カリウムチャネルに対してX線1分子計測法という最先端の計測技術を適用し、イオンの通り道を開閉する際に、細長いチャネル分子の構造が大きくねじれることを世界で初めて動画として捉えることに成功しました。チャネル分子のこの形の変化がイオンの通り道である穴を絞り、流れを遮断していることが分かったのです。また1分子を観察することによって、構造変化がチャネル分子の一部で起こり、分子全体に広がっていくことも同時に発見しました。現在はもっと大きな構造変化を、そして、動画の撮影速度を大幅に上げて1分子構造変化のスローモーション撮影に力を注いでいます。チャネル分子は生体を構成するあらゆる細胞に存在するので、この機能異常による疾患である「チャネル病」の病状は、不整脈など多岐にわたります。これらの患者において、イオンチャネル分子のどこが異常かを、その動きを踏まえて明らかにできれば、新しい治療の指針を得られることが期待されます。

主要関連論文
  1. H. Shimizu, M. Iwanoto, T. Konnno, A. Nihei, Y. C. Sasaki, S. Oiki
    Global twisting motion of single molecular KcsA potassium channel upon gating
    Cell 132 (2008) 67-78
  2. S. Oiki, H. Shimizu, M. Iwamoto, T. Konno
    Single Molecular Gating Dynamics for KcsA Potassium Channel
    Adv. Chem. Phys. 146 (2011) 147-194

生体膜におけるイオン選択的透過機構

イオンチャネルタンパク質は、それ自身が細胞膜上の穴となりイオンの通り道を作っていますが、実はこの穴は単なる「穴」ではなく、私たちが真似しても到底作ることのできない「高効率フィルター」なのです。例えば、1分子のカリウムイオンチャネルはカリウムイオンを1秒間に1000万個以上のスピードで通すことができますが、カリウムイオンよりも少しだけ小さなナトリウムイオンは全く通しません。私たちの細胞に存在するたくさんのイオンチャネルにはこの様なイオン選択性があり、それによって様々な情報伝達信号が作られ、また細胞内環境の恒常性が保たれているのです。それでは、イオンチャネルはどのような仕組みで超高性能のフィルターを作っているのでしょうか?脂質でできた膜に穴を作ってイオンを流すというイオンチャネルの性質は、電気測定という非常に感度の高い方法で、その機能をモニターすることを可能にしています。この方法によれば、わずか1分子のイオンチャネルを流れるイオン流(=電流)を観測することも可能なのです。私たちはこの単一チャネル電流測定を基盤に遺伝子工学的手法や分光学的手法、さらにはコンピュータシミュレーションを組み合わせ、多面的にイオン透過を捉えながらその原理を探求しています。

主要関連論文
  1. M. Iwamoto, S. Oiki
    Counting ion and water molecules in a streaming file through the open-filter structure of the K channel
    J.Neurosci. 31 (2011) 12180-12188
  2. S. Oiki, M. Iwamoto, T. Sumikama
    Cycle flux algebra for ion and water flux through the KcsA channel single-file pore links microscopic trajectories and macroscopic observables
    PLoS ONE 6 (2011) e16578

生体膜上での膜タンパク質動態および相互作用

私たちの細胞膜は脂質二重膜からできていますが、膜内では脂質が絶えず流動し、脂質の組成も場所によって刻一刻と変化していることがわかっています。イオンチャネルなどの膜タンパク質は、この様なダイナミックな細胞膜の中に埋まってはじめて機能することができます。これは、別の膜タンパク質と細胞膜内でくっつく必要がある、または、細胞膜を構成する特定の脂質がくっつく必要があるなど、タンパク質同士やタンパク質-脂質の相互作用が機能にとって重要であるからです。しかし、そういった相互作用がどうやって機能に影響するのか、まだほとんどの膜タンパク質でわかっていません。私たちは、細胞膜上の1個のイオンチャネルをも識別できる原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を駆使し、数個のイオンチャネル同士が細胞膜上でくっついたり離れたりする様子を捉えることに成功しています。この様なイオンチャネル同士のコミュニケーションが機能にどう関わっているのか、近く解明されることが期待されます。また、いろいろな脂質で人工的な細胞膜を作り、その中で膜タンパク質のはたらきを比べることができれば、脂質との相互作用が機能に影響するまでの道程がわかるかもしれません。そのような課題に、私たちは独自の人工細胞膜実験法を開発して取り組み、成果を挙げつつあります。

主要関連論文
  1. A. Sumino, D. Yamamoto, M. Iwamoto, T. Dewa, S. Oiki
    Gating-associated clustering−dispersion dynamics of the KcsA potassium channel in a lipid membrane
    J. Phys. Chem. Lett. 5 (2014) 578-584
  2. M. Iwamoto, S. Oiki
    Contact bubble bilayers with flush drainage
    Sci. Rep. 5 (2015) 9110

タンパク質の会合・凝集過程の原理的解明

この研究は、ポリペプチド鎖分子が生み出す繊維性凝集体(いわゆるアミロイド凝集体)の複雑な生成機構について、タンパク質工学的手法と凝集過程の分子科学的解析を融合させてアプローチするものであり、一方では難治性のヒト変性疾患の遅漏・解明に関わり、他方では生体分子を用いたナノ構造体のデザイン・作成への寄与を意図しています。 タウ分子由来の部分ペプチドを用いた分子科学的研究を行うとともに、生体内でのアミロイド凝集の複雑な様相を系統的に明らかにする目的で、アミロイド凝集現象が種々の異種タンパク質分子で修飾される際の普遍的な分子機構の解析、細胞内アミロイド凝集の解析系としての酵母プリオン系の構築とその人為的制御系のデザインなどの研究を行っています。

主要関連論文
  1. T. Konno, S. Oiki, T. Morii
    Cooperative action of polyanionic and hydrophobic cofactors in fibrillation of human islet amyloid polypeptide
    FEBS Lett. 581 (2007) 1635-1638
  2. T. Konno, T. Morii, H. Shimizu, S. Oiki, K. Ikura
    Paradoxical inhibition of protein aggregation and precipitation by transglutaminase-catalyzed intermolecular aross-lonking
    J. Biol. Chem. 280 (2005) 17520 -17525

分子生理学(生理学1)研究室

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