福井大学医学部

病態遺伝生化学(生物学)

研究内容紹介

私たちの領域では以下の3テーマを中心として研究を進めています。
1)DNA分解酵素など核酸分解酵素に関する統合的研究
2)ヒトの遺伝マーカーに関する研究
3)該当者絞り込み指標の開発・導入による個人識別の高度化

主要研究テーマ

DNA分解酵素など核酸分解酵素に関する統合的研究

私たちの領域では、核酸分解酵素であるDNA分解酵素IおよびII(DNase IおよびII)が血液型に相当する遺伝的多型形質であることを世界に先駆けて報告しました。DNase I型は2種類の主要対立遺伝子1型および2型によって3種類の表現型に分類できます。ヒトには多種類の血液型が存在しますが、それらのほとんどが欧米の研究者によって発見されたものであり、この新規な血液型の発見は日本人研究者として初めてなされたものです。この発見に端を発し、これら酵素のcDNA構造、遺伝子構造、染色体座位および遺伝的多型性の分子論的基盤などの分子遺伝学的側面をすべて明らかにしました。また、比較分子生物学的解析から、DNase Iはそれぞれの動物種において十分な酵素活性が発揮できるよう分子進化してきたことを解明しました。最近、DNase I以外の核酸分解酵素に関する分子・人類遺伝学的解析に研究範囲を拡大しています。特に、DNase関連遺伝子における変異と活性の相関の解析は私たち領域の独壇場となっています。

さらに、血清中DNase I活性が一過性心筋虚血の鑑別診断マーカーになりうることを明らかにしました。また、DNase I型における特定の表現型と胃がん、大腸がん、すい臓がん、自己免疫疾患および心筋梗塞の罹患との間に有意な関連性を見出しており、DNase I型はこれら疾患の危険因子として評価されます。現在、一過性心筋虚血の急性期診断マーカーとしてDNase Iが活用できるよう、臨床医学的研究を進めています。

ヒトの遺伝マーカーに関する研究

日本の血液型研究は福井県出身の井関尚栄博士(元日本学士院会員)によってリードされてきました。血液型などの遺伝マーカーは犯罪捜査等における個人の特定のみならず、遺伝医学の上でも様々な疾患を引き起こす遺伝子の検索などに不可欠なツールであり、新しい遺伝マーカーの発見は上記分野の発展に大きく寄与するものです。特に、尿、精液などヒト体液中に存在する遺伝マーカーの種類は極めて限定されていましたが、私たちの研究により、従来から血液中に検出された多くの遺伝マーカーが尿または精液からでも検出・型判定できることが判明しました。さらに、これら体液中に数種類の新規な血液型を見出しています。特に、ヒト尿中の遺伝マーカーに関する知見の集積は新しい研究分野である“尿遺伝学Urogenetics”を確立しました。

犯罪現場等に遺留されたヒト体液またはその斑痕が誰に由来するのか、このような個人の特定(個人識別)は犯罪や事故に係わる関係者を明らかにするため、犯罪捜査等において不可欠な手段です。しかし、研究の開始当初、体液からの個人識別に活用できる血液型は乏しく、個人の特定の精度は極めて低いものでした。しかしながら、私たちの研究で見出された多くの血液型が現場で活用できるようになり、個人識別精度の向上がもたらされました。

該当者絞り込み指標の開発・導入による個人識別の高度化

昨今の犯罪の悪質・巧妙化に伴う容疑者等の関係者特定能向上の要請に応じて、近年DNA多型が個人識別・身元確認に導入され精度の飛躍的向上がもたらされています。しかし、DNA型による検査では様々なヒト由来試料からの検査結果と該当者と想定される関係者からの検査結果との異同識別が不可欠であり、いかに該当者と推定される関係者を限定・特定するかが今後解決すべき喫緊の案件となっています。現在のところ、法医学的試料から該当者を絞り込む指標はほとんどなく、個人識別検査の前提となる“該当者の絞込み”は法医鑑識科学分野において盲点であり、個人識別能向上のブレークスルーとなります。私たちは年齢や外見を様々なヒト由来試料から推定することができる“該当者絞り込み指標”を開発・導入すべく、研究を進めています。これまでに、年齢推定マーカーとして、トランスクリプトーム・プロテオーム解析によって多種類の成長・発達・老化の各ステージに特異的な生体分子や新規の年齢依存性生体分子を見出しています。中でも、青壮年期に出現するMpv17-like proteinは活性酸素代謝酵素群の発現への関与を介して抗酸化作用を有す特異なものであり、さらにその遺伝子の発現を調節する新規な転写抑制因子Rhitは今後の研究発展が期待されます。

この研究で着目している年齢依存性生体分子は成長・発達・老化の各ステージに特異的な生体分子であり、ゲノミクス・プロテオミクスの観点から個体・組織・細胞の発生・分化・老化に伴う遺伝子発現およびタンパク質の動態・機能を解明するものとして、本研究の成果は法医学にとどまらず加齢・老化の分子機構の解明にも十分貢献できるものと考えています。

病態遺伝生化学(生物学)研究室

TEL
0776-61-3111